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リトルヘブン
山谷川目の集落を貫いて流れる雨上がりの小川。
その名を聞くと「さぁ」と、誰もが首を傾ける。
しかし、村の年寄りたちが子どもの頃には、橋桁に板を当てて堰き止め、ちぎった草を流して隙間を埋めて、
胸のところまで水がくるようにして泳いだと、得意げに目を細めて話す

霊山信仰を集めた
姫神山を仰ぐ
急斜面、啄木、
四十二世帯

「あいやー、カルさんってば、お友だち連れてくんだもの、びっくらしたァ」。
玄関横の低い窓から顔を出して、カルさんの到着を待ちわびていた山内シゲさん(69)が目を丸くしている。
「んだども、おれが歩いてたら、この人サくっついて来たんだわ」。カルさんが、私を指さして大笑いした。

雨上がりの午後、時折、湿った風が勢いよく谷間に流れ込む。
ここは、古くから霊山として信仰を集めた姫神山の裾野。
山谷川目(やまやかわめ)という一風変わった地名の集落だ。
確かに、山があって、谷があって、ひと跨ぎ出来そうな小川がある。

畑の片隅で、リンゴを3本だけ栽培している家があった
畑の片隅で、リンゴを3本だけ栽培している家があった

畑に通じる小径の草むらに、ノシメトンボのオス
畑に通じる小径の草むらに、ノシメトンボのオス
「友達のうちサ、遊びに行くとこ」と、言う石川カルさん(74)に小川沿いの坂道で出会った。
頬かむりをして「乗用車」と呼ぶ手押し車をゆっくり押して歩いていた。
「あたしのこと知りたいって、あっはっは、そりゃあんた、苦労、また苦労の人生だわ」。
その豪快な笑いに引き寄せられ、気づいたらシゲさんの家までぴったりとくっついて来たのだった。

岩手県盛岡市玉山区は、石川啄木の故郷として知られる。
啄木誕生の寺「常光寺」のある日戸地区と接する山谷川目地区には、四十二世帯が暮らす。

「立ってらんねえくれえの傾斜地で、麦や豆作ったんだもの、大変だったサ」。
日戸地区からお嫁に来たシゲさんとカルさんを悩ませたのは、ここの地形だった。
今は牧草地になっている急斜面も、以前は全部畑だった。
「いっつも働いてたの。 そりゃあ、会社勤めよりも農家はのんびりさ。でも追われるんだァ。雨でも降らねば、ゆっくり喋ってもいられねえ」

冬を迎える準備の一つ、漬け物にする大根を干す
冬を迎える準備の一つ、漬け物にする大根を干す

アオクチブトカメムシが獲物の幼虫を狙う
アオクチブトカメムシが獲物の幼虫を狙う
シゲさんは、身を乗り出すようにして窓から顔を出している。
一方のカルさんは、窓の下に止めた手押し車に腰を降ろして、風に負けない大きな声を出す。
玄関に入らないまま、窓越しでお喋りするのが、いつものふたりのスタイルなのだ。

シゲさんが、ゆうべ塩漬けした蕪(かぶ)を「車ん中で、きんばいんだ」と言って持たせてくれた。
「車ん中で食べろっつうことよ」。シゲさん宅を後にする。
背後から聞こえてくるふたりの南部なまりの会話は、さっきまでと違って全くわからない外国語のようだった。

文・阿部直美  写真・芥川仁

岩手県盛岡市玉山区
岩手県盛岡市玉山区

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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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