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リトルヘブン
小雨や曇りが続く梅雨空のひと時、杉林の中から太陽が差し込んだ瞬間に、草むらのクモの巣に付いた雨滴が宝石のように輝いた
天筆焼きの炎が燃え盛る諏訪神社前の「かまくら畑」で、六郷のかまくら行事最後を飾る竹打ちの3回戦が始まった。南軍と北軍に分かれた約180人の町民が、長さ6メートルほどの青竹で打ち合う。今年の判定は引き分け。引き分けの年は、豊作になり米価も上がると解釈される
 「せば、いくべぇ」と畳屋の小松勉さん(50)が、北軍陣地の雪に突き刺してある青竹の束を勢いよく揺らした。バチバチと竹の先が擦れ合う音と、出陣の士気を高めるために吹く木貝の「ブフォー」と響く乾いた音が、竹打ち会場「かまくら畑」に集まった人々を奮い立たせる。
  一升瓶の酒をラッパ飲みする者、「ウォー」と雄叫びを上げる者。いきがる若者たちを、この日は町をあげて温かく見守る。
 勉さんが旭町の若者らと戦いの最前列へ向かった。北軍と南軍、竹で打ち合って相手の陣地を攻めていく。北軍が勝てば豊作、南軍が勝てば米価が上がる、と言い伝えられている。「六郷のかまくら」行事のフィナーレ、「竹打ち」が始まろうとしていた。二月十五日午後八時、雪を踏み固めた会場は、ライトを浴びて白く光っている。
  七百年間続く小正月の伝統行事「六郷のかまくら」だ。秋田県仙北郡美郷町六郷地区に伝わる国指定の重要無形民俗文化財である。天筆書き初め、鳥追い行事、蔵開き、天筆焼き、竹打ちの一連の行事が、毎年二月十一日から十五日までの五日間続く。
 子供たちが書く「天筆」は、緑、黄、赤、白、青の用紙を繋げた細長い紙に、「五穀豊穣楽」「学業向上楽」などの願い事を書き、青竹の先につけて戸外に立てる。五色の天筆に、綿毛のような雪が舞い降りて、時々小さくカサコソ揺れる様は、雪国ならではの風情だ。
鳥追い小屋の中に集まった旭町の子ども達
  「昔はよ、子供らが自分で鳥追い小屋さ作ったの。十五日の夜、こたつさ入って甘いっこ(甘酒)飲んで、かるた遊びして、『鳥追いにきたぞ』って友達の小屋さ遊びに行ったな」。旭町町内会の小田島純一さん(57)が懐かしむ。近ごろは、地域の大人たちが中心になって鳥追い小屋と雪宮を作る。餅搗き、柳めゃだま(柳繭玉)作り、酒蔵が行う「蔵開き」。雪に閉ざされる六郷で、人が集う行事は楽しみの場でもある。純一さんが葱や白菜の入った鴨汁をふるまっていた。「秋に猟友会の人に譲って貰った鴨を、この日のために冷凍しておいたんだ」。一人ひとりの「六郷のかまくら」にかける思いの深さが伝わってくる。
川崎登さん(74)が完成した雪宮の前で、雰囲気を盛り上げるために木貝を吹く
かまくら畑の夕刻、青竹が竹打ちの開始を待つ
冷え切った晴天の早朝、枯れ殻に霧氷
蔵開き、近在の人々が蔵元の接待にあずかる
完成した旭町の雪宮
ダルマストーブの上でスルメとマイタケを焼く
蔵開きの日、八千代酒造の前にも天筆が揺れる
 
文・阿部直美
写真・芥川仁

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