TOP
リトルヘブン
ずっとうつ向いて苗の補植をしていた田井中嘉子さ んが、腰を伸ばして少し休む
 タンポポが咲く土手にひざまずき、田井中嘉子さ ん(83)は獣避けの網を補修していた。道路脇の土手は崩れやすい。網を張る杭がぐらつくので、小石を拾っては杭の周りに埋めて、小さなハンマーで 力いっぱい打ち込む。
 「嘉子さんは、すごいわ。ひとりで何でもしよる」 隣の田で、肥料撒きをしていた田井中廣治さん (59)が感心したように言う。田植えと稲刈りは大阪から息子たちが帰って来て手伝うが、草刈りや毎日の水の管理は、独り暮らしの嘉子さんが全てやっているのだ。
 「この前も息子さんが来はる言うからな、筍を分 けてやったんだわ。だが、猪も食わんかった筍やか ら、それなりかもしれんわな」。
田植え前の平安を楽しむトノサマガエル
笑った後で、廣治 さんは獣の被害を思い出したのか、顔を曇らせた。「猪は美味しいもんを知っとる。そりゃあ賢いで え」。ゆっくりとした動作で網を補修する嘉子さんを、廣治さんは見守るように時々見やった。
獣避け網の補修をする田井中嘉子さん
 東に鈴鹿山脈を抱える滋賀県東近江市。甲津畑集落は、戦国武将らが往来した近江と伊勢とを結ぶ千草街道の玄関口。信長が馬を繋いだと言われる黒松 が健在だ。そこに暮らす人々が開墾したのが、小高い山ひとつ越えた長谷の棚田だ。水田と言われる湿地の田は、鈴鹿山系からの湧水で一年中潤う。
 平木良子さん(68)が、裏山の斜面で採ったば かりのイタドリを見せてくれた。「軽く湯通ししてね。それを三日ぐらい水に漬けておくと、すっぱいのがとれるから。それを煮付けると美味しいわ。私ら年寄りは、こんなんばっかり食べとんのよ」「私 が結婚した頃は、まわりの山で松茸も採れたの。松茸しかないけど、これでご飯食べえって言ったくら いやわ。茶を沸かす時、灰の中に放り込んでおいてな、醤油垂らして食べたのよ」
 薪を集める人々が常に出入りしていた頃の雑木の山は、山を歩く人の頭が棚田から見えるほど明るい山だった。その山への入り口に、今は電気の柵が張 り巡らされている。

平木良子さんが裏山で採ったイタドリ
いまにも風に飛びそうなタンポポの綿毛
甲津畑集落内の交差点
●取材地の窓口
滋賀県東近江市永源寺支所
〒527-0231 滋賀県東近江市山上町1303
電話 0748-27-1121(代)
●取材地までの交通
近江鉄道八日市駅からコミュニティバス「ちょこっ とバス」の市原線で永源寺支所まで行き(平日一日 6本・土日祭は4本)(ここで乗り継ぎ券をもら う)、甲津畑線に乗り換えて終点の甲津畑へ(平日 一日4本・土日祭は3本)。 大人片道200円 一日乗車券500円もある。

【イタドリの食べ方・あく抜きレシピ】
1.イタドリの皮をむきます。
2.斜めにたけのこ切りにします。
3.70度くらいのお湯に浸ける。温度が高いとイタドリが柔らかくなりすぎるので注意。
4.しばらくすると、イタドリの色が変わるので、浸けたお湯を捨てます。
5.2、3回水で洗って、節の酸っぱさが取れたら調理できます。
(きんぴらごぼうと同じ要領で煮付けてお召し上がりください。)
 
 
 
文・阿部直美
写真・芥川仁

「虫の目 里の声」は次のページに続く
 
TOP TOP  1  2  3  4  5  6  7 「虫の目 里の声」2
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori